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【読書感想】夢を売る男 を読んでみた

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賛否が別れる作品のようだけれど、僕は楽しく読めました。このネット社会、表現をしたい人で溢れている。当たり前に感じてしまっているけれど、そこに見え隠れする異常性、ちょっと違う角度から人を眺めているところが、いい。

概要

ジョイントプレス。自費出版ではなく、出版社が出版費を作家と折半するという手法だ。主人公牛河原が、小説を出したいという顕示欲だけで実力の伴わない様々な素人作家相手に、巧み(?)な営業トークで話を持ちかけ、出版まで持ち込むという話。


MONGOL800 / I'll be

牛河原かっけい

僕はこの作中の主人公、牛河原。彼のこと好き。最初はなんじゃこのうさんくせえやつわぁ、と思っていたけれど。なかなかやる男だ。理由はいくつかあるんだけれど、彼を通してこの本から色々と学ぶことができた。

1.ビジネスというものをわかっている

2.本を売る仕事をしている、それをこれでもかと意識している

3.いい上司

1.ビジネスというものをわかっている

ビジネスとは事業目的を実現させ、その事業を継続させる活動のことだ。牛河原は出版社の編集部、部長。

出版社は基本的には本を生み出し、人に物語を与える。想像を与える。夢を与えることを仕事にしている。物語の受け手からその対価を得て、事業継続のための利益を得て、更なる物語を生み、受け手たちに与えていく事を生業としている。

牛河原は、表現したい人、つまりは物語の生み手が買い手よりも増えている。という作品設定の中で、新しい市場に目をつけた。物語の生み手側にも対価と引き換えにでも手に入れたい何かがあると目をつけたわけだ。それは例えば、情報発信のためのコンテンツとしてとか。それを基にした広告事業なんかは実際の世界でもあるけれど。それに加えてこの作中では、生み手の自尊心を満たすための需要があるよとしてるわけだ。あとは、投資対象として。(投資対象という言葉が適切かはわからない。自分で作った物に投資する。それは投資というのか?わからん!)

*少し脱線するけれど、この自尊心と投資対象という考え方。面白い。人間は認められたいという欲を皆抱えていて、情報を発信するという行為についても皆が等しく欲を抱えている。twitterなんかが流行っているのも、まさにこれ。通常、文章に自信がなかったり、考えていることに自信がなかったり、否定される恐怖感など色々あって大それたことは好き好んで発信しない。ただ、twitterのようなつぶやきっていうどうでもいいような(どうでもよくないよ。ただそういう程で使えるからハードル下がる)ものであれば、みんな喜んで発信する。そういう欲があるんだ。発信したい。あわよくば君すごいね。といってもらいたい。共感してもらいたい。という欲。

ではでは、文章に自信があったり、考えていることに自信がある人間がいるならば。本という大それた媒体にも手を出すだろうということだ。大それた媒体と言っているのは、本を出した=それだけで相応のステータスが付いてくる。ということを意味している。いや、ついてこないよ。本は本、ブログはブログ、twittertwitter。僕はどれも同じ、同等な情報発信の媒体だと思っている。(有料、無料。そういう意味では少し違いはあるかな)牛河原もおそらくそういう考えで、だからこそ、そこにステータス求めて馬鹿だねーと言っている。そして、牛河原のことば巧みな褒め言葉。これによって、自分が生み出す媒体が、自己満足なものだけではなく、投資価値があるものだと営業している。(この部分がじゃ圧巻詐欺まがいなので微妙だが)自尊心が満たせる媒体&その媒体が投資対象になる&投資の成功率は高い。これがセットになれば売れないわけがない。としてるわけだ。(現実世界ではこんなうまくいかないよね。ここまで自尊心の高い人、自分の書いたものに対して投資価値を見出す人の数は、事業できるほどではないんじゃないかなと、想像)*

企業が価値を提供し続けるために、利益の得られない事業を続けなければいけないこともよくある。ただしその代わりに金のなる事業を抱えていなくてはならない。本作の中では利益の得られない事業が本を売ることであり、金のなる事業ジョイントプレス。本を売ることで利益を得ることに見切りをつけ、金のなる事業に注力しているのはビジネスマンとして正しい。(この作品では、金のなる事業とするために詐欺まがいなことをしていたり、不当な利益まで得ているのだけれど。そこはもちろん良くない)

そして、そんな中でも、出版社としての本流は見失っていない。そこが素晴らしい。

2.本を売る仕事をしている、それをこれでもかと意識している

牛河原は本を売ることで利益を得ることには見切りをつけている。ただ、いいところはそれを止めていないこと。出版社としての一番の価値は本を生み出し、物語を読み手に与えることだ。作中の表現からもわかるように、ジョイントプレス自体には彼は興味を抱いていない。利益を得ることだけに重きを置いている。それと対照的に、良い作品を世に出す。ことに対しては彼なりの信念を持って動いている。

作品の最後、牛河原が自身の矜持を語る部分がある。まさに、物語の売り手として信念を持っている人間の言葉だ。彼は夢を売りながら本(夢)を売っている男だと理解した。すげーじゃん。(実際には、若干詐欺ってるので、前者の夢を売りながらは、夢を食い物にしながらという意味合いになっちゃってる。僕の解釈は、いい風に捉えると。。。ということです)

3.いい上司

自分の信じるものに絶対の信頼を置いている。ふわふわしているんではなくて、芯がある。こう言うリーダーもしくは上司は助かる。部下はついて行きたくなる。

卓越したスキルを持っている。作中では人の機嫌をとる能力。話術。それを用いて部下に見本を見せる。尻拭いをする。仮に人として若干の欠陥がある人でも、そういう部分を持っているならば尊敬できる。

積極的にアドバイスする。

怒る時は怒る。ちゃんと怒る。

部下を褒める。気に入っている部下だからかもしれないが、褒める時は褒める。くだらんことでも。仕事に直接関係ないところでも。褒められたら、嬉しい。

部下と飲みに行く。うーん、個人的には上司と飲みには行きたくないけれど悪いことではないと思う。実際に飲みに行って話すると行ってよかったなと思うことも多々ある。

常に次の手段を考えている。常に即答。すげえ。ちなみに、仕事はうまくいかないこと多々有る。常にバックアップを持っておく。それを忍ばせておく。超大事なこと。チャンスは準備している奴のところに行くというが正確には違う。チャンスは突然訪れるとかいうがこれもてんで違う。チャンスは作っとくもんだ。仕込んでおくものだ。仮説とそれに対する結果の1パターン。あるとき、発動するだけ。無駄になることも多いが、たまに活きる。ピンチはチャンスというが、これも違う。仕込んでおいたところにピンチきたらよりアクセントが効いて美味しいってだけ。イエス!貢献!目に止まった!って。本当にピンチがチャンスになったのであれば、その場相当頑張ったか、運が良かっただけ。

いい言葉を使う。唯一メモってしまった(正確には、本を折り曲げた)言葉。部下から「いい文章の基準は何ですか?」と聞かれたときの返答。「読みやすくてわかりやすい文章だ。それ以上でもそれ以下でもない。もうひとつ言っておくと、文章というのは感動や面白さを伝えるための道具にすぎん。つまり、読者をそうさせることに成功した作品ならその文章は素晴らしい文章ということなんだ」つづいて、「一文一文がどれだけ美しく、優れていても、面白さも感動もない作品なら、その文章にはなんの意味もない。〜〜」

うむ。と。

文章はあくまでツール。文章からなる作品の目的が、感動を提供するものであるならばそれを。作品が面白さを提供するものであるならばそれを。作品が純粋に情報の提供にあるならばそれを。作品の目的が、文章の美しさの表現にあるのであればそれができる文章が、良い文章ということだ。僕が最近意識し出した、ツールとしての文章。その意義をまさに書いていた。「良い文章の基準は何ですか」良い質問ね。僕も気になってる。それをね、「読みやすくてわかりやすい文章だ。それ以上でもそれ以下でもない。」と間をおかず、一言でさらっと答えを言えちゃう牛河原ちゃんに惚れたわまじで。シビーーーーー。

 

と、いろいろ書きましたが、いや、とにかく牛河原ちゃんがいけてる本でした。個人的に、ね。正直変人ですし、若干詐欺師ですし、良くない人です。ただ、目を見張る部分があって、僕は好き。あくまで、作品の中では。人によって見方がだいぶ変わる気もする。あなたには彼はどんな風に写るかな。

 

夢を売る男 (幻冬舎文庫)

夢を売る男 (幻冬舎文庫)